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INTERVIEW




やけのはら『SUNNY NEW LIFE』インタビュー

010年の夏を彩った『THIS NIGHT IS STILL YOUNG』から3年、やけのはらによる2枚目となるアルバム『SUNNY NEW LIFE』が発売された。ジャケットに映る柔らかな陽光は、そのままアルバムの軽やかさを物語っているし、高城昌平(cero)や平賀さち枝、キセル、MC.sirafuら参加アーティストの並びも、やけのはらの音楽的趣味を映しており、なんとも美しい。本稿は5月3日に開催される本作のリリース・パーティーを記念して敢行された彼のインタビュー。『SUNNY NEW LIFE』に隠された秘密を紐解くうちにインタビューは2時間半を超え、それにともない、原稿の文字数も13000文字を超えた。なお、文中のやけのはらによるだいぶ砕けた印象がある口調は、勝手知ったる仲でのインタビューをそのまま反映させている、ということで何卒ご容赦いただきたい。
(取材・文/高橋圭太)



Q. どうですか? アルバムも無事発売されて、だいぶ落ち着いたんじゃないですか?

「でも取材とかもまだ残ってるし、リミックスもやりはじめちゃって、ドタバタしてますね」

Q. リミックスはほかのアーティストの?

「そうそう」

Q. アルバムの作業が全部終わったのはいつごろだったんですか?

「うーんと、2月の中旬くらいかな。発売のほぼ1ヶ月前くらい」

Q. この1ヶ月、早かった気がしますね。

「うん、取材もたくさんしたしなぁ。あと、アルバムの特典も3つ作ったりしたし、マネージャーとかいないから、イベントのやり取りも自分でするし、次から次へやることが多いのよ」

Q. では、さっそくアルバムの話をしましょうか。いや、今回のインタビューにあたって、本作にまつわるインタビューもほぼ読んだりしたんですが、語られてる部分も多いからむずかしいなぁと。まずは『SUNNY NEW LIFE』、大変素晴らしかったです。

「ありがとうございます」

Q. 完成した充実感はいつごろ掴めました?

「ジャケット込みでCDの現品ができて、やっと嬉しいって気持ちがありましたけどねぇ。反応とかはどうなんすかね? これでリリパにたくさんお客さんが入ったら達成感とかあるんじゃないっすか」

Q. ネットなりで少なからず反応はあったと思うんですが、そういうものは?

「まぁ、ツイッターとかだと悪口はあんま書かないでしょ。よかったっていう感想はありがたいことに見たりしますね。これからリリパとか、イベントでいろんな場所を回ったりするとまた違うんだろうけどね。すごい熱く感想を言いに来てくれるひととかたまにいるからね。そういうのは嬉しかったりしますね。さすがにツイッターの140文字内だと“買いました”とか“よかった”くらいの軽いものが多いから。いや、それでも十分ありがたいことなんだけどね。でもたまに、そのなかに“こういう感じで聴いてくれるんだ”みたいな意見があって嬉しいね」

Q. 前作と本作、制作の過酷さで比較するなら、どちらがつらかったでしょう。

「ああ……同じくらいかもしれないけど……前作のほうが曲自体は半分くらいあったから、今回のほうが作業的にはキツかった気もするなぁ」

Q. ちなみにいちばんキツかった時期っていつごろだったんですか?

「うーん……覚えてないっすね。全部つながってるっていうか。10月まではDJのオファーも受けてて、younGSoundsのリリパやって、ひと段落してって感じだったから……。覚えてるのは11月の最初に江古田でプチロックフェスに出演して、そのあたりから制作のためにDJを減らしてて、そこらへんから記憶がけっこう……。3、4ヶ月、ギュッとミニマルな、同じような、淡々とした制作作業に移っていった感じですね。淡々とはいいつつも、レイヤーはあるんだけどね。最初はね、まず機材からですよ。使ってない、まだ新しい機材を使い込んだり、新しいソフト・シンセを試したり……」

Q. 今回の制作用に買い足した機材とかってあります?

「アルバム制作用にはないですね。はじめはどの機材を使っていくかとか、足腰を作る作業で、一晩かけてソフト・シンセを片っ端から試したり。たとえば“これはベルの音が得意”とか振り分けていく、すっごい地味な、足腰を作る作業。あとはエフェクトをかけるフリーのVSTで足りないものを探したり。っていうか、こんなに制作工程を牛歩で追ってくインタビューでいいの?」

Q. ハハハ。問題ありませんよ。重箱の隅をつつきまくる、って趣旨のインタビューです。

「わかりました。それで、ちゃちいギターの音が出るシンセを遊びで使ってたんだけど、それで打ち込んだフレーズをピアノの音色に変えて、フィードバック・ギターっぽいセッティングのエフェクトをかけたら何故かフィードバック・ギターっぽい音になったから最後の曲に使ったんだけど、そういう細かい音の断片みたいなのをコツコツ作っていき、歌詞もすこしずつ書きつつ、底上げしていった感じですね。そういう制作の順序は覚えてるんだけど、いつごろはどういう精神状態で、みたいなことは怒涛だったから覚えてないんだよなぁ」

Q. でも、ツイッターとかでこのころは大変な時期だったんだろうなぁ、みたいな感じは伺い知れましたけどね。

「何度か山はありましたよ。でも、前作の制作もだいぶキツい時期、あったねぇ。ソロでトラック作って、歌詞も書かなきゃだし、前作も今作もトータル・アルバムで作ってるから……小説を書いてる感じに近いのかな?小説書いたことないけど……」

Q. そういった制作のつらい時期は、生活に支障があったりはしませんでした?

「うーん……なんだろうなぁ……精神的につらくて“俺はもうこの社会を捨てて河童になる”って思った時期もあったよね……」

Q. フフフフフ……それはだいぶ追い詰められてますね……。

「“すべてを捨てて川に行こう”って思ったことが2回くらいあったかな……。あとは自分の性格的に、自己陶酔して“俺、最高!”みたく作れるタイプじゃないから……。声を出すのも自分で、それをプロデュースするのも自分だから、もっとうまく歌えたらなぁ、みたいな問題に突き当たるんだよね、やっぱり。俯瞰のプロデューサー目線の自分と、素材が自分ってことが、根詰めて制作してるとどうしてもぶつかっちゃうんだよね。それはやっぱりアンビバレンツな構造だから。実はあんまりいないんじゃない、プロデューサー気質のひとで。たとえばゲンスブールだってあんまり自分で歌わないでしょ。ラップだともっといないような気がするけど」

Q. PUNPEEくんとかは近いかもしれませんね。

「あぁ、なるほど。あとはイルリメとか? やっぱりプロデュースと歌を両方やるっていうのはしんどいですよ。どっちかでも、もちろん大変だと思うけど、まあ、精神状態きますね。診察医と患者の両方とも俺、みたいな」

Q. ちなみにアルバムは当初2011年に出す予定だったとインタビューで言ってましたが、その予定は自分で設定したんですか?

「そう、自分で。レーベル側からそういうの無理やり決められるとかはないっすね。自分で勝手に設定して、でも震災があったから、その年には結局作れず、2012年も出します出します詐欺を続けて」

Q. ハハハ。

「で、アルバム発売日の3月20日って2012年度の最終日なの。2012年内に出すって言ったし、延々と延ばしてきちゃって、それでようやく去年の夏くらいに、3月までには発売させないとまずいってことに気づいたんだよね。だから2012年の後半あたりからDJも減らして、根詰めて頑張って完成させたっていう。でも2011年には絶対できなかったな。時間の流れが震災後、本当に早かったから」

Q. 早いうえに、いま思い返すと震災以前と以降ではガラッと世界観が変わってしまったというか。たらればの話で申し訳ないんですけど、もし仮に2作目を2011年に完成させなきゃいけない状況だったら、どんなアルバムになったと思いますか?

「それは……無理だったろうね。自分で思うんだけど、なんとなくノリで、みたいなことが苦手なんだよね。今回のアルバムも自分の好きなものとか興味の断片が集まってできてて、前作もそうだったから。いちいち構築してたどり着くタイプというか。2011年の段階では、震災に対するレスポンスの気持ちをどうしたらいいかわからなかった。一回噛み砕かなきゃいけないんだよね、自分のなかで。時間がかかる。(七尾)旅人くんとかは、やっぱり大人だったっていうこともあるんだけど、9.11にもいろんなことを思ってアルバムを作ったようなひとだし、今回の震災に関してのリアクションも大人だなって思った。いま思えば、間違ってても、そのとき自分が思ったことだったり、ベストだと思うことをすればいいんだろうけど、やっぱりビビっちゃうっていうかさ。なにをしたいっていうことすら浮かばなかったし、フリーズ状態だったっていうか。たぶんね、大きかったのは2011年の秋ごろに岩手の友だちの家に行ったことですよ。もともと東京で仲のいい友だちの地元が、津波の被害にあった陸前高田で、彼は震災のあとに実家に帰ったんだけど、その年のフジロックで再会するんですよ。で、それがきっかけで秋に彼の実家に行ったんだよね。東北の被災地を見てみたい、って気持ちはあったけど、機会もなしにいきなり行けたかはわかんないし。ひとによってはさ、震災の直後に被災地に行ったり、音楽でなにかできるひともいるじゃん? そういう気持ちとかにもすぐにはなれなかったし、時間がかかったわけですよ、自分は。バッとリアクションができる性格じゃないから。でも、それはみんなそうか。そのなかですぐにリアクションをした大人なひとたちもいるわけで、そういうひとたちは素直にすごいって思うけど、みずから声高になにかしたいタイプじゃないから」

Q. 震災をきっかけに補強された部分だったり、変わった部分はありましたか?

「自分の捉え方として震災前と震災後ってハッキリと分かれちゃったよね。それは誰しもそうかもしれないけど、それでも震災前はやっぱり、日本のなかで音楽をやっている自分、ということに対してもっと無邪気だったというか、そういうのは年齢も大人になって、なんだろうなぁ……たとえば自分たちだけ楽しければいいみたいなことよりも、日本って国とか社会のなかに自分がいて音楽をやっている、って意識が高まったんじゃないかなぁ。社会っていう言い方だと抽象的になるんだけど、自分の興味の範囲が広くなったし、いろんなことを知りたいなって単純に思ったっすね」

Q. そういうことって、地震の前にもうっすら感じていたことですか?

「うーん、難しいな。ちゃんとした意味ではそうでもないかなぁ……」

Q. 本作はさっき言ったようなことがそのまま歌詞にも反映されていますよね。震災前にアルバムを作っていたら今回みたいな歌詞にはならなかった?

「いや、1枚目は意図的にそうしたんだけど、いわゆるクラブ・ミュージック的な価値観が土台にあるわけですよ、歌われてる世界観として。そういうのは本作ではなくしていこうとは思ってた。クラブとか行ったことない音楽好きなひとも多いわけじゃん? そういうひとでもわかるアルバムにしたかったっていうか。そういう意識はあったかなぁ。あとは最初からひとつのことだけ続けていくって意識があんまりないから。DJにしろ、ひとつ芸風を決めて、それだけをやっていくって感じじゃないし、アルバムも前作の続編じゃなくって、言語だったり、意識を変えた作品にしたかったっていうのはありますね。だから、1枚目は1枚目の言語だし、今回は今回の言語だし、そのときの気分というか。だから、このアルバムはクラブとかDJみたいな言葉は入ってないんじゃないかな、たぶん。意図的にそういうのは省いて」

Q. クラブをテーマにした楽曲があったけどボツにしたっていう話は聞きました。

「あぁ、あったね。風営法とかナイト・クラブに関しての曲を作ろうとしたんだけど。それは歌詞をすこし書いたんだけど、途中でやめたんだよね」

Q. アルバムにはそぐわないと思って?

「いや、単純に完成しなかっただけ」

Q. 震災前に完成してた曲ってあるんですか?

「ないかなぁ 。でもアイデアの断片はあったはずだな。制作ノート、見てみましょうか。……これはいちばん古いノートで、前作の制作が終わってすぐくらいのころだね。2010年。あっ、このころには“CITY LIGHTS”の歌詞の原型ができてるんだな……。これ、2010年の秋くらいにDJで北海道に行く道すがらの空港で書いてるわ。そうそう、“歌詞思いついた!”ってなって、コンビニでこのノート買って書きだしたんだった。歌詞の構造はほぼ完成形に近いかたちですねぇ。飛行機乗りながら、飛行場のキラキラした灯りを見ながら勝手にロマンチックな気持ちになって書いたんですけど」

Q. フフフ……。



【やけのはら 「CITY LIGHTS」 (Official Music Video) 】


「だからこの曲のPVは最初から空港で撮りたいと思ってたんだよね。飛行場ってさ、飛び立つ飛行機と降り立つ飛行機があったり、いろんな感情が交差してる不思議な場所だってことに気づいちゃって。この時点で歌いだしが“どこ”っていう言葉で入るってのも決まってたし、ほぼ完成形ですね。で、隣にはキーワードとして“ドリーミング・ミュージック”ってもう書いてあるね。“アメリカン・ポップス”、“ロックステディ”、“メロウ・ソウル”、“ダブ”、“アナログ・シンセ”、“コーラス”とか、入れたい音とかキーワードが書き込んである。だからこのころ……2010年の後半くらいからアルバムのイメージはあったんだなぁ」

Q. 今回に限らず、歌詞はテーマとかを事前に決めてから書きだすタイプですか?

「うん、全部そうですね。音にあわせてフリースタイルで歌詞をはめてく、っていうのはなくて、全部の曲が歌詞を入れ替えられない……たとえばAって曲の1番の歌詞とBって曲の1番の歌詞が入れ替わっても成立する、って感じにはしたくなくて。そういう構造主義な部分は前作よりも強まってる。要は曲ごとになにをテーマについて歌ってるか、っていうのがわからなくなっちゃうのが嫌っていうか。ラップのおもしろさとして、ただなんとなくしゃべってる感じで成立しちゃうおもしろさはあるけど、それは取り入れてない」

Q. ラップの技術的な部分で前作と変わった部分はありますか?

「うーん……そこまではないっすねぇ。でも、言葉の数は前作より減ってると思うし、よりラップっぽくなくなってる感じはするよね。“CITY LIGHTS”だって同じフロウを繰り返してて、いわゆるヒップホップっぽいラップのやり方とはちょっと距離があるというか」

Q. なるほど。おお、2011年のノートには“D.A.I.S.Y.”ってすでに書いてありますねぇ。

「あとさ、今回のアルバム、実は全部の曲に邦題を付けるっていうアイデアもあって、たとえば“JUSTICE against JUSTICE”だったら“汚れた鳩”だったり、“D.A.I.S.Y.”だったら“幸福な時間”だったり。でもそれは結局やめた。やめたっていうか、最後までそれでいくつもりだったんだけど、制作の終盤でテンパってて、デザイナーさんに邦題を送るの忘れてたっていう。入稿が終わってからそれに気づいて、まぁいいか、ってなったんだけど」

Q. へえー。邦題はどういった意図で?

「えっと……カッコつけ?」

Q. ハハハハハ!

「でもさ、おもしろいじゃん。昔の映画とかでもさ、邦題が全然違うのってよくあるしさ。でも、こうやってノート見返してると、アイデアの出発点は意外なとこだったりするのがわかるなぁ。ここ数年の生活のすべてがつながってるっていうか」

Q. ぼくもこの機会にこれまで自分がやったやけさんのインタビューを反芻したりして、何度も出てくるフレーズを書き留めておいたんですけど、それも本作に全部つながってる気がしますね。たとえば、ビーチ・ボーイズにはこれまで何度か言及していたり。

「あぁ、それはなんの取材で言ってたっけ?」

Q. VIDEOTAPEMUSIC氏との対談 ですね。

「あぁ、そうか。自分のなかでビーチ・ボーイズのブームが2010年くらいに起こってて。たしかにここ2~3年のブームが集約されてる感はあるねぇ。でも実はそこらへんのマインドって、今回のアルバムとか、こないだアップされた dublabのラジオ番組をやって、自分のなかで総括が終わってるんだよね。気持ちは次にいってるんですよ」

Q. ほう。ちなみにいま現在でやけさんのなかでブームは?

「このごろ研究してるのはね、ボブ・ディラン。あとザ・バンドとか。ボブ・ディランは『Don’t Look Back』って映画が最高で、それを観て60年代におけるディランのとっぽさがやっと理解できたっていうか。“あぁ、こういう感じなのね”みたいな。それとジョー・ミークの聴ききれてなかったCDとかを買って聴いてますねぇ」

Q. そういったものって、DJとしての耳で聴いてるんですか?

「うーん、ダンス・ミュージックではないからさすがにプレイはできないけど、意外と自分のなかのバレアリックなチャンネルで聴いてる部分もあるね。あとはPOPEYEの連載もあって、最近は音楽を100年単位で捉えてるから。それでも複製芸術以降しかフォローできてないし。それこそ1950年代の音楽なんか、全然このごろの耳で聴けるっていうか。あとさ、自分の立脚点が変わると全然違う風に楽しめるでしょ。例えば、ボブ・ディランでもいろんな聴き方できるし。そういう色んな解釈ができる多面性ってのは、物事の魅力にひとつで、自分もそうできたらいいなと思ってるんだけど」

Q. あと、過去のインタビューで頻出した単語は“文化”だったり、“外向きのエネルギー”って言葉だったり……。

「あぁ、今回のアルバムのインタビューでも何度も使ったような気がする。あと、DISK UNIONから出した ミックスCDのインタビュー でも、“サニー感が~”みたいな話をしたよね。そのときには『SUNNY NEW LIFE』ってタイトル、決まってたからね。っていうか、正直言うと次のアルバムのタイトルも決まってるんだよね」

Q. えっ! ちなみに……。

「それは言えないよ」

Q. そりゃそうですよねぇ……。あと最近は“文化とは石をきれいに並べて愛でるようなことなんじゃないか”って話もよくされますよね。

「そうそう。文化が好きなひとってさ、狩猟時代にさかのぼったら、狩りをするひととか木の実取るひとがいるなかで、キャッキャッ言いながら“この石、きれいだなぁ”ってはしゃいでるひとなんじゃないかなって思ってて」

Q. ハハハ。なんの生産性もない……。

「まぁ、それは語弊があるかもしれないけどね。でも、昔から歌舞伎のひとが河原乞食って呼ばれてたりするし、よくも悪くも、そういう意識はありますよ。ミュージシャンで偉そうにする人、嫌いだしさぁ」

Q. なるほど。やっぱり、これまで話したことやキーワードは、そのままアルバムに反映されてる気がしますね。

「うん。全部つじつまが合いますねぇ。さすが、何度もインタビューしてもらった甲斐があるよ」

Q. というよりも、やけさんの趣味や嗜好が一貫してるんでしょうね。

「まぁ、ここ数年の興味の循環がアルバムに落とし込まれてるってことなんでしょうけどね。さっき言った“文化”ってキーワードなら“BLOW IN THE WIND”なんかはモロにそういうことを歌ってる曲だしね。この曲はちょうど川勝正幸さんが亡くなった時期に書いた曲で、さっき話した、文化を愛するっていうことはきれいな石を集めてるだけ、っていう愛憎入り混じった気持ちが“普通じゃないことにいまでも夢中さ”って歌詞になってる」

【「Blow in the Wind」(生バンドバージョン)】


【やけのはら 「D.A.I.S.Y.」 (Official Music Video)】


Q. 加えて、“D.A.I.S.Y.”は楽曲の構造自体がサブ・カルチャーの引用で集約されてる感じがしますね。

「まぁ、たしかに。タイトル自体もデラ・ソウルの“D.A.I.S.Y. Age”のオマージュだし。でも、こういうのがサブ・カルチャーって名称で括られるのはちょっとイヤだな。いまのいわゆるサブカルって、60年代のサブ・カルチャーとは意味合いが全然違うし、もはや蔑称的に扱われてるでしょう。一般的には、自分みたいな音楽はサブカル側って認識されそうな気がするんだけど、結局、オルタナティブ・ミュージックとかミクスチャーって言葉がただのジャンルにされてるのといっしょじゃん。なんかあんまり意味がないし、区切ってる気になってるだけで、余計見えづらくしてるでしょ。自分ではあんまりサブカルって言葉は使わないようにしてるんだよね。……ゴダールとか小津の映画ってサブカル?」

Q. いや、違うでしょうね。さっきやけさんが言ったみたいに、サブカルって言葉自体が蔑称的な意味合いを含んでいるので、そういった品格の位が高いものはカルチャーってことになるんじゃないですか、世間一般では。

「でもさ、ビートルズとかローリング・ストーンズだって最初はサブカルなわけでしょ。文字通り、メイン・カルチャーのサブって意味で。日本だったら歌謡曲のサブにGSとかがあったみたいに。でも、いまはあんまり意味を成してない気がするんだよね。もう“サブカル○○”みたいなのもやめたほうがいいと思うんだよなぁ、元の意味と違う、ただのジャンル名だし。本来の意味で使われたり定義されるときと、ジャンルとして使われるときでややこしいじゃん。別にそれは“BLOW IN THE WIND”の歌詞にもつながるんだけど、この曲では意識的にカルチャーって言葉を使うようにしてる」

Q. なるほど。“IMAGE part2”に関しても訊きたいんですが、この曲の元になったのは客演でも参加してるアトム氏のソロ作だそうですね。

「そう。アトムさんが10年くらい前に自主で出したCD-Rに入ってた“IMAGE”って曲ですね。この曲がずっと好きで、正規でリリースされるのを待ってたんだけど、なかなか出ないから、お蔵入りになっちゃったのかなぁって思って。それで、この曲をカバーしたくってアトムさんに連絡したんだよね。あのひと、いまはオーストラリアに住んでて、そこでアルバムを作ってるらしいんだけど。それで、そのアルバムに“IMAGE”も入れる予定だって言ってて。なので、相談してパート2という形で作らせてもらいました」

Q. じゃあ、原曲の“IMAGE”を聴いたことのあるひとはだいぶ少ないんですね。

「うん。でも、アトムさんがいま作ってるソロ・アルバムに入るはずなので、リリースした暁にはぜひ聴いてもらいたいですね」

Q. スキットの“TUNING OF IMAGE”はラジオのチューニング音ですね。これを収めた意図は?

「今回のアルバム全体には“アナログ”とか“空気感”というのが裏テーマであって。アルバムの冒頭もアナログの針の音から入るし、そもそもラジオみたいに電波で音が届くっていうこと自体がロマンチックでいいなと思ってて。あとはレコードみたく、わざわざ溝を彫って、空気を振動させて音楽を聴くってことって豊かなことだと思うんだよね。楽器を弾くひとにとっては普通のことなんだけどさ。たとえば、ギターはアンプにつないで空気を振動させるわけで。サンプリングも同じで、単純に“あの音が気持ちいいから”ってことだけじゃなくって、もっとポップアート的というか……たとえば50年代のドラムに80年代のギターが乗って、 しかも、もういないかもしれないひとの何気ないフレーズがこの時代に鳴ってる、っていうことにロマンがあるんだよね。そういうのはありましたね」

Q. そういった、構造を補強するためのサンプリングはほかにも?

「あぁ……この話、マニアックすぎてだれが喜ぶのかわかんないけど、最後に入ってる“where have you been all your life?”の笑い声のコラージュにもインスパイア元があって。山下達郎さんのラジオで毎年恒例でお正月に大瀧詠一さんを招く“新春放談”っていう回があって。狂ったように達郎さんを聴いてた時期があって、全音源はもちろん何度も何度も聴くんだけど、だんだんそれだけじゃ飽き足らず、ネット上で聞けるラジオのアーカイブにも手を出しはじめるわけですよ。それで誰が作ったのかわからないけど、“新春放談”の達郎さんと大瀧さんの笑い声だけを抽出した マッドな音源 ってのが昔から存在してて……」

Q. 異常すぎますね!

「それが衝撃的すぎてさぁ……。それに対するオマージュだね」

Q. ハハハハハハハ!

「フフフフフフ……マニアックすぎるよね。まぁ、その話はいいや。で、さっきのラジオの話に戻るんだけど、今回の制作前に偶然、家の近くの道でポケットラジオを拾ったんですよ。けっこう嬉しくて、それでラジオ聴いてて、“やっぱ情緒があっていいなぁ”と思うわけ。その拾ったラジオはデジタル・チューニングのやつで、スムーズにチューニングしてる音が出ないから、アナログ・チューニングのラジオを古道具屋で買って、その音にエフェクトかけたりしてできたのがこのスキット。“IMAGE part2”の自分の歌詞にも“チューニングを合わせて~”って歌詞も出てくるから、これをインタールードとして使おうと。でも、制作ノートにも“テープやラジオを使う”って書いた気がするなぁ。もっと細々とシンセの音を1度テープで録ってから使おう、とか構想はあったんだけど、結局使わなかったな。“AIR CHECK”って曲はテープレコーダーでキュルキュル再生速度いじって遊んでる曲なんだけど、ちょうどテレコ買ったタイミングで“BLOW IN THE WIND”をライブでやる機会があって、それを録音したものでキュルキュル遊んでできた曲」



Q. それがこれ(ソニー製TCM-400)ですか?

「そう。それに自分より若いひとって、もしかしたらラジオのチューニング合わせたり、カセットテープを使ったことのないひとも多いのかなぁって思って、そういう年代にとっては新鮮なのかなぁと。自分にとってはすごく親しみのあるメディアなんだけど」

Q. じゃあ、本作のミックスとかマスタリングにもそういったアナログ感に重点を置いてる?

「うーん……それだけでもないよ。50年代とか60年代のアナログな音を目指しました、って感じではないし、ちゃんと現在の音楽の流れも踏まえた音響にしなきゃいけないし……。そこはバランスですね。でも、ギシギシ派手な音を、って感じにはしたくなかったんですよね、最初から」

Q. やけさんの作品はほかのヒップホップの作品に比べるとボーカルのバランスが抑えめに聴こえますね。

「うん、あんまり自分でもボーカルが大きいのが好きじゃないんだよね。でも、90年代のヒップホップとかって、そこまでボーカル大きくなくない? そういうのが染み付いてるのかもなぁ。やっぱ、派手な音とかってパッと聞きはいいけど疲れちゃうから……」

Q. たしかに。耐用年数はどうしたって短くなりますよね。

「それは考えた。要はドンキっぽいか、ドンキっぽくないかってタームで捉えてて。これはグローバリゼーションの問題とも近いんだけど、自分のなかでEDMとかはすごくドンキっぽいの、音もノリも。だから今回のアルバムではドンキっぽさはNGワードだったな。冗談っぽく聞こえちゃうけど、それは今回の全部の工程に通じるテーマっていうか。チェーン店とかドンキとかよりも、町のパン屋さんみたいな作りにしたかったんだよね。音のチョイスから音の鳴りまで、全部においてドンキ感を消していく作業。人口着色料的なもんだったり、大量消費されるようなものは全部なし、っていう」

Q. そういった意思は随所に織り込まれてますよね。だから、このアルバムってリラックスした聴感の反面、すごく神経質に積み上げられた作品なんじゃないかなって思うんですよね。

「それはあるね。もう、ぬぐえない自分の性質なんだろうなぁって思うよ」

Q. 音楽以外でそういう神経質な面ってあったりします?

「別に家が特別きれいってわけでもないし、レコードとかも整理してるわけじゃないからなぁ……。あんまないかも。レコードをアルファベット順に並べたり、そういうのはない。でも、せっかくアルバム作るんだから、自分のしっくりくるものにしたくなっちゃうんだよね、自分の性格的に。逆に、そういうの抜きにしてガンガン作品を出せるひとっているじゃない? マッドリブとかJ・ディラとか。そういうひとには憧れますよ」

Q. アートワークにもやけさんの細かいディレクションが入ってると聞きました。

「ジャケット写真のトリミングも自分が決めたし、ボックスの紙質も直接業者さんと会って選んでるし、文字の字間もミリ単位まで調整してるし……」

Q. 紙質までですか。ちなみに発色と質感、どちらに重点を置いて?

「両方です。紙がこれ以上厚くなると、色味が黄色がかっちゃって、思ったような発色にならなかったんですよ。で、それが入稿ギリギリだったから業者さんに来てもらって、デザイナーさんも交えて細かいところまで打ち合わせしたんだよね」

Q. ブックレット内の写真も信藤三雄さんの写真なんですか?

「そう。これも自分で信藤さんに見せてもらった写真のなかから選んで。だからね、すごいコントロール・フリークなアルバムなんですよ、実は」

Q. つついたらいくらでもエピソードが出てきそうですね……。クレジット欄の最後にある“New Mind & New Tones”って言葉にも意図が?

「あるんですよねぇ、これにも。これはね、1曲目にスティール・ギターで参加してもらったBETA PANAMAくん……彼はいまオーストラリアに語学留学に行ってるんだけど、留学する前に、京都のイベントにみんなで車で行ったときがあって。去年の秋くらいかな? そこでいろいろ話をしてたら、ふたりとも藤原ヒロシとUAがすごい好きだということが判明して。そこからUAブームが自分のなかで起きたんだよね。で、彼はUAがJ-WAVEでやってた『カピバラ・レストラン』ってラジオ番組にものすごい影響を受けてるんですよ。ほんと、めちゃめちゃ影響受けてる。で、Fishmansの佐藤(伸治)さんが亡くなった時期の『カピバラ~』の放送で、ランボーの詩を朗読する回があるの。それが『地獄の季節』に収録されてる“出発”っていう有名な詩なんだけど。その回の話をふたりでずっとしてたんだよね。で、彼が留学する直前に配った『KICK BACK MIX』ってミックスCDに、そのUAの朗読をコラージュして収録してるの。それに影響されて、自分もアルバムのどっかにランボーの詩を引用しようかなと思って。本当はアルバムの1曲目で“出発”を朗読したものもレコーディングしてて」

Q. へぇー!

「でも、結局それは許諾申請までしたんだけど、やっぱなしにして。これ、和訳もよくってさ。たしか翻訳は小林秀雄さんだと思うんだけど、“出発だ、新しい情と響きとへ”って訳してて。“情”ってのもいいし、“~へ”じゃなくって“~とへ”なんだよね。和訳のほうは宣伝資料とか、ポスターに使わせていただいたんだけど。あと、宣伝資料とかに使ってる“いわゆる『ライフデリック』”はもうすこしわかりやすいね。これはYMOの“いわゆる『テクノデリック』”ってコピーの駄洒落ですね」

Q. おお、ここにも。あと、訊きたかったのは“where have you been all your life?”の最後の足音に関してですね。

「あれは、さっき話した陸前高田の友だちの家に去年また訪れたときの音だね。そのときは 今回のアルバムの予告映像 とか“CITY LIGHTS”のPVを撮ってくれたgoodfatくんも同行してて、ずっと撮影してくれたんだけど。で、アルバムのなかに陸前高田の音も収めたいと思って、撮ってた音を送ってもらって。この曲の笑い声もそのときの音をコラージュしたやつだね。最後の足音は、完全に細野(晴臣)さんの“はらいそ”のイメージで、どこかに歩いていくって感じで」

Q. ハハハ! あらためて、あらゆるところにネタが散りばめられた作品ですねぇ。いやぁ、さんざん重箱の隅つつかせてもらいました。で、ここらへんで5月のリリパの話もうかがいおうと思うんですが。

「やっとリリパの話! ここまででもう2時間くらいしゃべってるよね?」

Q. しかも、今回のインタビューはリリパに向けてのインタビューですからね。

「ハハハ! だいぶ遠回りしたなぁ。まぁ、リリパは気合入ってますからね。入魂のロングセット・ライブですよ。普段なかなかできないからね、長時間のライブは」

Q. ちなみにライブの尺はどれくらいの予定ですか?

「それは教えられないよ。フタを開けたら3時間半くらいのライブだった、みたいなこともあるかもしれないし」

Q. フフフフフ……。

「こんなに持ち曲あったんだ、みたいな。途中に1時間くらいのフリー・セッションがあるかもしれないしね、すごいアンビエントな」

Q. まぁ、その可能性も捨てきれないですよね。

「いや、その可能性は捨てよう。なんの宣伝にもなってないよ!」

Q. 話を戻しましょうか。さて、今回は平賀さち枝さんをはじめ、アルバムに参加したメンツも出演するということで。

「それにceroの高城くんには幕前のDJもお願いしてるし、ほかにもVIDEOTAPEMUSICくんにも映像で参加してもらおうと思ってて」

Q. LUVRAW & BTBやTHE OTOGIBANASHI’Sも出演しますね。

「LUBRAW & BTBはもう何度もいっしょにやってるし、勝手知ったる仲なので安心だし、OTOGIBANASHI’Sは4月にアルバムも出すみたいだから、それも込みで自分も楽しみにしてますね」

Q. なるほど。長時間のインタビュー、お疲れ様でした。最後は正攻法にリリパへの意気込みを訊いて締めたいと思います。

「こういうライブできる機会もなかなかないから、ぜひ遊びに来てもらいたいですね。あと、前売り特典にはせっかくなんでお土産を持って帰ってもらいたくって、この日にしか配布しないスペシャルCD-Rをプレゼントします。それも楽しみにしてもらえればなと」

Q. ライブ、楽しみにしています。ありがとうございました!





2013.05.03

Erection presents
YAKENOHARA 「SUNNY NEW LIFE」Release Party
supported by felicity

LIVE:
やけのはら
GUEST :VIDEOTAPEMUSIC,DORIAN,MC.sirafu
LUVRAW,高城晶平 (cero),平賀さち枝

LUVRAW & BTB
THE OTOGIBANASHI'S

DJ :
高城晶平 (cero)
shakke

OPEN/START:18:00
CHARGE:ADV 2,500yen 前売り特典付き:やけのはら セレクトCD-R
/ DAY 3,000yen (共にドリンク代別)


イベント詳細はコチラ>>