Club Event

2012.07.07 SAT

UNIT 8TH ANNIVERSARY PARTY
featuring
PALAIS SCHAUMBURG


LINE UP:

PALAIS SCHAUMBURG
 HOLGER HILLER
 THOMAS FEHLMANN
 TIMO BLUNCK
 RALF HERTWIG
*PALAIS SCHAUMBURGは02:00より
ライブをスタートする予定です。


WITH :
ANDREW WEATHERALL
CHIDA(ene/FUNIKI ENE)
Jah-Light
KEITA MAGARA (dance rodriquez)
DJ KENSEI
KENTARO IWAKI
DJ NOB(KAMOME SOUND SYSTEM)
SISI (panrecords/SECO)
TAKKYU ISHINO
TEN (ERR)
THOMAS FEHLMANN
WALKERS (Kon / Sin / Kiccio)

VJ : SO IN THE HOUSE

SHOP : akaki nampei shop

LIVE PAINT : Aruto watanabe (MUKEI)

Lighting : COSTA RICA

Sound : Kannon Sound Laboratory

AND MUCH MORE

7/6(FRI)
UNIT 8TH ANNIVERSARY PARTY
featuring ANDREW WEATHERALL

INFORMATION:
OPEN : 22:00
START : 22:00
CHARGE : ADV 4,000yen/DOOR 4,500yen
※ADVANCE TICKETS (限定 300枚)
※未成年者の入場不可・要顔写真付きID

TICKET : 5/25(FRI) on sale
チケットぴあ0570-02-9999 [P] 167-332
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INFO : 代官山UNIT 03-5459-8630

WEB :
PALAIS SCHAUMBURG OFFICIAL WEBSITE
2004年にオープンし、都内最高峰のクオリティを誇るシステムと代官山という立地がら都心に位置しながらも純粋なミュージック・ラヴァーズが集う場所として、オーディエンスは元よりこれまで出演した多くアーティストから高い評価と信頼を得てきた代官山UNITの8周年となるアニヴァーサリー・パーティー! これまでもオーディエンスの度肝を抜く数多くの伝説的なアーティストを招聘してきたUNITのアニヴァーサリーだが、8周年を迎える今年は2日連日での開催、そしてこれまで同様に"まさか"のアーティストの出演が決定!
初日となる7月6日は20年以上のキャリアを誇りながら、アンダーグラウンド・シーンの帝王として常に第一線で活動し、最も尊敬に値するプロデューサー/DJとして数多くのDJからも多大なリスペクトを受けるANDREW WEATHERALLがロング・セットで登場。そして7月7日はHOLGER HILLER、THOMAS FEHLMANN、MORITZ VON OSWALDたちが在籍し、80年代ドイツのポスト・パンク・シーン(ジャーマン・ニューウェイヴ/ノイエ・ドイチェ・ヴェレ)を牽引、バンド脱退/解散後もそれぞれのメンバーは勢力的に活動を続け現在のテクノ・シーンに到るまで多大な影響を与え続けてきたPALAIS SCHAUMBURGが1stアルバム『Palais Schaumburg』リリース時のオリジナル・メンバーで奇跡の初来日!!

更に本年も例年通りUNIT/SALOON/UNICEの3フロアを全面開放しての開催!! どのフロアも抜け目無しの強力なラインナップがエントリー! 7月6日はANDREW WEATHERALLがロングセットを披露するUNITのフロアとは正反対にUNICE/SALOONではKENJI TAKIMIやFORCE OF NATURE、TOSHIYUKI GOTOといった多数の国内ゲスト陣に加え、日頃UNIT/SALOONでパーティーをオーガナイズするDJ達が一堂に会し賑やかに8周年を祝います。続く7月7日はPALAIS SCHAUMBURGをオールタイム・フェイヴァリット・バンドとして挙げているTAKKYU ISHINOがUNITのアニヴァーサリー・パーティーに初登場!またPALAIS SCHAUMBURGのメンバーとして来日するTHOMAS FEHLMANNはDJとしても出演。SALOONでは毎月第1日曜日に開催している看板イベント Jah-LightがSound Systemを導入し重低音を響かせます! 更にスペシャル・ゲストもあり!と、こちらも盛り沢山な内容。

これまでも多くのメモリアルな空間を作ってきたUNITのアニヴァーサリー。日頃会場に足を運んでくれている多くの人達に感謝を込めて、今年も最高のパーティーを演出する事をお約束します!
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OTHER INFORMATION
PALAIS SCHAUMBURG
荒っぽいことで知られるドイツの漁港、ハンブルグの労働階級に生まれたホルガー・ヒラー(56年生)はクラシック・ギターを勉強し、子どもの頃はバッハを好んでいたが、ファウストの影響で音楽の趣味だけでなくライフ・スタイルまでおかしくなり、家庭の事情で学校を辞めた後は様々なバンドで音楽活動を始め出す。ポール・ヒンデミット(63年没)の弟子にあたるリリ・フリードマン(当時70代)から即効演奏の技術を教わり、オーケストラの作曲に関心を持つ一方、ヒラーは折りからのパンク・ムーヴメントに触発されてアートスクールの同級生だったトーマス・フェルマンと1980 年にパレ・シャンブルクを結成。パレ・シャンブルク(あぶくの宮殿)とは西ドイツ時代に首都ボンにあった首相官邸のことで、同じ年にウィリアム・ベネットがホワイトハウスを名乗ったことと発想は同じ。チューリッヒ(スイス)出身のフェルマンはロバート・フリップのギター講座が目的でハンブルクに来ていたようで、その影響で早くからシンセサイザーに手を出していた。

ギター&ヴォーカルにヒラー、シンセサイザーとトランペットにフェルマン、さらにベースにクリス・ランチとドラムスにF・M・ハインハイトでバンドはスタート。しかし、ランチはフリング・クラッセンファインド、アインハイトはアインシュツルツェンデ・ノイバウテンに参加するために81年 までには脱退し、ベースにティモ・ブルンク、ドラムスにラルフ・ハートヴィックが加わってデビュー・メンバーが固まる。アインハイトはヒラーがパレ・シャンブルクを脱退した時はハット・フォイ・クイ・フオンク、フェルマンがバンドを終わりにした時はレディメイドのサポート・メンバーも務めている(当時のライヴの模様は以下からダウンロードして聴くことができます→http://tapeattack.blogspot.jp/2011/02/palais-schaumburg-live-im-onkel-po.html
)。

ダー・プランやDAFのファースト・アルバムをリリースしたウォーニング・レコーズからリリースされたヒラーのソロ・シングルと前後して、パレ・シャンブルクはツィク・ツァクから80年に「ローテ・リヒター(赤い点滅)/マフト・ミッヒ・グルックリッヒ・ヴィー・ニー(いつでも僕を満足させるもの)」でデビュー。続いて「テレフォン/キンダー・デル・トット(子どもの死)」もリリースし、翌年、レーベル・コンピレイション 『リーバー・ツフィル・アルス・ツヴィーニッヒ』に「アウシェンベッヒャー(灰皿)」を提供(この5曲に「キンダー~」の別ヴァージョンを加えた ミニ・アルバム『ダス・シングル・カビネット』がデビュー・アルバムに続くかたちでリリースされている)。デビュー・アルバム『パレ・シャンブルク』はドイツ・フォノグラムに移ってデヴィッド・カニンガム(フライング・リザーズ)との共同プロデュース。「喜び」「良い空気」「ドイツに日焼けが戻ってくる」「まだ意味のある人生を過ごしている?」などが収められた同作はポスト・パンクにシンセ-ポップ、さらにはダダ的な感性が渾然となった快作となり、翌82年にはイギリスの カメラ・レコーズにライセンスされて鮮やかなレッド・ヴァイナルでプレスされた)。

また、シングル・カットされた「ヴィア・バウエン・アイネ・ノイエ・シュタット(僕たちは新しい都市を建設する)」は、前述したヒンデミットがアマチュア・オーケストラ用に作曲した「ヴィア・バウエン・アイネ・シュタット」に歌詞を書き足したもので、ヒンデミットのオリジナルに忠実なヴァージョンもホルガー・ヒラー&トーマス・フェルマンの名義で同じ年にアタ・タックからカセットでリリースされている(06年にガガーリン・レ コーズがフェリックス・キュービンによるライナーを加えてCD及びアナログ化)。同曲はまた、2010年にAGFとグトルン・グート(マラリア!)のグライエ・グート・フラクチオンによってカヴァーされ、アルヴァ・ノトやマイク・インクがリミックス。

バンドがコマーシャルな方向に行くことを嫌ったと伝えられるヒラーはセカンド・アルバム『ルーパ(スペイン語で「虫眼鏡」)』の録音がチュー リッヒで開始される前に脱退し、ヴィデオ・オペラ『グーテン・モルゲン・ホーゼ(おはようパンツ)』の作曲と、83年にはソロ・デビュー・アルバム『アイン・ブンデル・ファウルニス・イン・ダー・グルーブ(鉱山の束の腐敗)』を完成。サンプリングと構造主義に立脚した歌詞の先駆と賞賛される。また、キッド・クリオール&ココナッツからコーティ・ムンディをプロデューサーに迎えて進められた『ルーパ』(82)にはヴォーカルにヴァルター・ティエルシュ(後にヒラーとハット・フォイ・クイ・フオンクを結成。2011年没)、ピアノとトランペットにステファン·バウアー(元トレード・マーク)が加わって、なんとか体勢を整えるものの、早くもセルフ・パロディのような音楽性に終始してしまう。同メンバーでは83年にリ リースされた4thシングル「ホッキー」が最後となる。

フェルマンとハートヴィックだけが残ったパレ・シャンブルクに、当時はまだ学生だったモーリツ・フォン・オズワルドがもうひとりのドラムスとして加わり、徹底的にビートのプラミングにこだわったサード・アルバム『パレ-ヴー・シャンブルク?(あぶくが教えて?)』(84)を完成、ヒラー色を完全に拭い去った「イージー・ゴー」と「ビート・オブ・2」がシングル・カットされる。以後、3人はパレ・シャンブルクの名義を使うことはなくなったが、レイヴ・カルチャーの到来を待って、マラソン、タイム・アンリミテッド、ヒズ・ネイム・イズ・ダイム、3MB、スキゾフレニア…と様々な名義を使い分けてチュートニック・ビート(=ジャーマン・テクノ)の基礎を構築し、とりわけオズワルドはベーシック・チャンネルとして大成功を収めたことはよく知られている。ハートヴィックはペリー&ローダンやトランスフォームとしても大ヒットを飛ばし、フィッシャーマンズ・フレン ド(後のサン・エレクトリック)やジ・オーブの準メンバーとしても活躍したフェルマンはソロ・アルバムだけですでに6作を数えている。

2011年、『パレ・シャンブルク』リリース30周年を記念して、当時の録音メンバーからヒラー、フェルマン、ブルンク、ハートヴィックによる 再結成ツアーがスタート。
(TEXT : 三田格)
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